No.1740  2018.04.09米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―虚仮不実の我が身―①

●無相庵のはしがき
   今日の米沢英雄先生の法話は、親鸞聖人の仏法の最も肝腎な、いわゆる肝(きも)というべきところだと思います。米沢英雄先生は、50歳の時には既に、この肝に気付かれて、 私たちが分かり易いように図形化して下さったのだと思います。
   先生の本にその図形が載っているのですが、それを今日の本文中にレイアウトするパソコン技能が私にはありませんので、後日(木曜日までに)、 私の長女にレイアウトをして貰いますので、ご覧頂きたいと思います。宜しくお願い致します。  

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―虚仮不実の我が身―①

   昭和38年に曽我先生の新潟県高田におけるご講演があったという事を申し上げました。
   ついでに私の宣伝をすると、昭和37年のポケットに入る銀行の手帳が偶然に出てきたんですね。
   それを拡げてみて見ると、昭和37年に、親鸞さまの信心というものを幾何学的な図であらわすと、こういうふうになるのでないかと、こういうことを発見しとる。
    こんなことは誰も今まで言ってないんです。

   それで、図のように仏があって、人間がいて、人間が仏法を求めてゆく。
   この求める心が欲生我国(よくしょうがこく)ですけど、求めてゆくと、一点で仏と人間が一つになる。これを仏凡一体ともいうし機法一体ともいうし、廻心(えしん)ともいうのです。
   大抵の仏法はここで終っている。ここで仏と人間が一つになっても、これから仏と離れてゆく。こういうことを明らかにされたのが、親鸞さまであると思うんです。
   仏とだんだん、いよいよ離れてゆくんです。

   一度廻心があって、それから仏というものが分って、南無阿弥陀仏も分って、南無阿弥陀仏をいただいてということになってから、だんだん離れてゆく、これが非常におもしろい。
   それで、その証拠は『愚禿悲歎述懐』という和讃を読むと分る。

      浄土真宗に帰すれども
      真実の心はありがたし
      虚仮不実のわが身にて
      清浄の心もさらになし

   と、これは仏と全然離れているということで、仏と一番離れているということが、仏と一番近いことです。
   こういうことを発見せられたのが、親鸞という方です。

●無相庵のあとがき
   米沢英雄先生が説明し尽くして下さっていますから、私が下手な説明をする必要は無いと思います。ただ、「私と仏と全然離れている。」と心の底から実感出来るようになるのは、 そう容易(たやす)い事では無いと思います。頭で分かったと思う事を何回か繰り返し、繰り返した挙げ句、何かの拍子に、親鸞聖人の「虚仮不実のわが身にて、清浄の心もさらになし」、 「小慈、小悲も無き身にて」という言葉が自分の現実であることに、打ちのめされるのだと思います。

なむあみだぶつ

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No.1739  2018.04.02米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―③

●無相庵のはしがき

   今日の法話の中にある、「願生心(がんしょうしん)」という言葉も、「欲生心(よくしょうしん)」という言葉も、法話全体の意味も非常に難解だと思います。 正直なところ、私もなかなかすっきりと理解出来ません。ただ、前回の法話にあります、『私は法蔵比丘の心が大事なんだと思う。つまり社会的地位が最高でも、経済的に恵まれても、それに満足できない心、何のために人間に生まれてきたか、 そういうことを明らかにしたいと思う心が、足を運んで仏法を聞かしめるというもんであろうと思う。』と、『「我が国に生まれんとおもえ」というのは、何のために人間に生まれてきたか、それを明らかにするのには阿弥陀仏の浄土に生まれなければ、明らかにならんようになっている。 それを我が国に生まれんと思えと、こう本願の中に書かれてあるんだと思うんですね。』ということを米沢英雄先生が説かれていることを思い出し、また、本願という他力の働きに依って、 私たちが仏法に出遇っているという根本的な立ち位置に立帰れば、分るのではないかと思います。  

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―③

   それで、「我が国に生まれんとおもえ」というのは、何のために人間に生まれてきたか、それを明らかにするのには阿弥陀仏の浄土へ生まれなければ、明らかにならんようになっている。 それを我が国に生まれんとおもえと、こう本願の中に書かれてあるんだと思うんですね。
   曽我先生の『法蔵菩薩と阿弥陀仏』を読んで非常に敬服いたしましたのは、「欲生我国が本願の魂である」と曽我先生が強調しておられる。私も欲生我国が大切だと考えておるものですから、 「本願の魂」であると曽我先生がいわれたことを非常に有り難く思うわけです。

   ところが、安田先生は「願生心」、浄土に生まれたいと願う心、願生心ということを非常にやかましくいわれる。しかし本願では欲生心、欲生我国になっているんです。 この欲生心というのが大切でないかと、私は思うんですね。それで、欲生我国が本願の魂であると曽我先生が強調されたのは、まことにもっともであると、こう私は思うのです。

   ところが安田先生は、願生心ということを非常にやかましくいわれる。しかし浄土に生まれんと願う願生心というのは、南無阿弥陀仏に遇うてからの心が願生心になるので、 南無阿弥陀仏に遇うまでは私は欲生我国の心で、欲生心だと思うのです。

   その欲生心、まだあの、何か花開かぬ芽の間が大事なんだと私は思う。この欲生心というものが、まあ、南無阿弥陀仏を探し求めて行くんだろうと 思う。欲生心が法蔵という王様の心にめざめて、それが欲生発心であって、それが世自在王仏を探し求めて行ったのであろうと、こう思うんです。
   だから、願生心の前に欲生心が大切なんだと私は思うのです。

●無相庵のあとがき
   「我が国に生まれんとおもえ」という本願に依って、「欲生心」が芽生え、自分の我執を如何とも断ち切れない自己を悟って南無阿弥陀仏に行着き、そして、浄土に生まれ往きたいという「願生心」が芽生えるという 理屈ではないかと、私は理解致しました。それが米沢英雄先生の仰りたいことかどうかは、これからの法話で、確かめたいと思います。

なむあみだぶつ

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No.1738  2018.03.26米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―②

●無相庵のはしがき
   FB(フェイスブック)で、私は今、河村とし子さんの『ほんとうのしあわせ』という著書を紹介しています。河村とし子さんは、クリスチャンのお家に生まれられ、 結婚されるまで、クリスチャンのままでしたが、嫁がれた先のご両親が常念仏の親鸞門徒。最初は、大きな仏壇を拝む、その信仰態度から、偶像崇拝の低級な宗教だと考え、 キリスト教への改宗に努力されたそうですが、その生活態度・姿勢から、逆に河村とし子さんが、浄土真宗へ改宗されたことは有名なことであります。 さすがに、キリスト教の方が神様という偶像を崇拝していると申されていませんが、私は、仏教以外の宗教は、何らかの偶像を拝まれているのではないかと思っております。 仏教は、仏様という偶像を拝んでいると誤解されている一般の方も多いと思いますが、米沢英雄先生が、今回も仰っておられるように、 「何のために人間に生まれてきたか、それを明らかにする」ことをお教えとする宗教であると言って、決して過言ではないと思います。  

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―②

   ところが曽我先生は法蔵比丘というと、沙門(しゃもん)であると言われるのです。  沙門というたら出家です。今の言葉で言うとお坊さんです。

   あの法蔵比丘というのは、もと王様だったんですけれども、王様の位を捨てて沙門になって、世自在王仏のところへ行ったと、曽我先生がおっしゃる。 そうすると沙門というのは一つの人間のありかたのようです。出家というのですね。

   私は法蔵比丘というのは社会的地位が最高でも、経済的地位が最高でも満足できない心、そういう心を比丘と言うんだろうと思う。
   で、皆さんは朝早くから雨の降る中をここへお集まり下さって、ご苦労さまでございますが、ご苦労さまでございますというのは、外交辞令というか、 お世辞であって、皆さんの勝手や。

   あるがままにいえば、雨の降るのに来んでもええのや。何でここへ来られたのかというと、法蔵比丘の心が此処へ来さしめた、こう私は思う。
   だから私は法蔵比丘の心というのは非常に大事なもんだと思うのですけれども、一般的には法蔵比丘のことをあまり強調しておらん。

   現に『大無量寿経』では、法蔵比丘が世自在王仏のみもとへ行ったことになっているのです。
   それをどうして阿弥陀仏の因位である法蔵菩薩が世自在王仏の所へ行かれたというふうに言わねばならんのか、私は疑問に思う。『大無量寿経』の通り法蔵菩薩の因位は法蔵比丘であると、 こう言っていいんじゃないかと思うのです。

   その比丘のとらえ方が違う。

   私は法蔵比丘の心が大事なんだと思う。つまり社会的地位が最高でも、経済的に恵まれても、それに満足できない心、何のために人間に生まれてきたか、 そういうことを明らかにしたいと思う心が、足を運んで仏法を聞かしめるというもんであろうと思う。

   それで、「我が国に生まれんとおもえ」というのは、何のために人間に生まれてきたか、それを明らかにするのには阿弥陀仏の浄土に生まれなければ、明らかにならんようになっている。 それを我が国に生まれんと思えと、こう本願の中に書かれてあるんだと思うんですね。

●無相庵のあとがき
   「何のために人間に生まれてきたかを明らかにするのには阿弥陀仏の浄土に生まれなければ、明らかにならんようになっている。それを我が国に生まれんと思えと、 こう本願の中に書かれてあるんだと思うんですね」とは、この自然法爾章で親鸞聖人が仰りたかったことだと思います。因位、つまり私たちがこの世に在るうちは、法蔵比丘のままでしか有り得ないのですが、 果位、すなわち肉体が滅して浄土へ往生した時、菩薩になって、「何のために人間に生まれたか」が分ると。私たちは生きているうちに、悟りたいのですが、むしろ、それは絶対に無理であることを悟るのが、 親鸞聖人の至られた境地ではないかと思います。

   親鸞聖人が「良し悪しの文字をも知らぬ人は皆、まことの心なりけるを、善悪の字知り顔は、大空事(おおそらごと)の形なり、 是非しらず邪正も分(わか)ぬこの身なり、小慈小悲も無けれども、名利に人師を好むなり」と、我が身を嘆いておられるようにみえますが、実は、我が身を見据えられて、 さっぱりとしたご心境を語られていると思うのです。これが我々の目指すところではないかと、私は思います。
   そして、もし拝むとしたならば、私たちと同じように、思うようにならない人生を90年も生きられた上で、親鸞聖人が遺された『自然法爾章』という得難い教えに出遇うことが出来た、 重たく尊い自分の〝いのち〟を拝まねばならないと思ったことであります。

なむあみだぶつ

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No.1737  2018.03.19米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―①

●無相庵のはしがき
   仏教でも、特に浄土真宗に於いて、阿弥陀仏、法蔵菩薩、法蔵比丘、釈尊、尽十方無碍光如来等、人格化された仏様の名前が出て参りますので、 偶像崇拝の教えのように受け取られがちで、私は残念に思って参りました。

   親鸞聖人は、『自然法爾章』で、そうではないのだと仰っておられるのではないかと私は思います。これから『自然法爾章』を読み進めば、分るのではないかと思っております。  

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―法蔵比丘の心が大事―①

   獲(ぎゃく)の字は、因位のとき得(う)るを獲(ぎゃく)といふ。得(とく)の字は、果位のときに至りて得ることを得(とく)といふなり。名(みょう)の字は、 因位のときの名(な)を名(みょう)といふ。号(ごう)の字は果位のときの名(な)を号(ごう)といふ。

   それからの後は『末灯鈔』にも出てくる。
   それで私は、「獲得(ぎゃくとく)」というこの言葉がどういうことをいっているのか長い間疑問に思っていました。  ところが最近、こういうことでないかと思っています。  それは私が一番影響を受けたのは曽我量深(りょうじん)先生と、安田理深(りじん)先生ですが、 その曽我先生が昭和三十八年に新潟県高田で「法蔵菩薩」という題でお話になったのが『法蔵菩薩と阿弥陀仏』という題の本になって出てました。

    それが蔵書の中をさぐっていたら偶然出てきたんです。それを読み返してみますと、非常におもしろいことが書いてある。 これは関係があるので申し上げるんですけれども、『欲生我国(よくしょうがこく)』、これは「至心信楽欲生我国(ししんしんぎょうよくしょうがこく)」、我が国に生まれんと思えということ、 こういう仏からの命令の形になって、

      十八願  至心信楽欲生我国
      十九願  至心発願欲生我国
      二十願  至心廻向欲生我国

   「欲生我国」が三つに通じ、「至心」が三つに通じてあるんです。私は非常に不届きな人間で、曽我先生と安田先生の影響を一番受けたと申しましたけれども、曽我 先生、安田先生がいわれたことに承服出来んこともあるのです。不届きな奴や。

   曽我先生についてはどういうことかというと、曽我先生は法蔵菩薩ということを強調された。真宗では法蔵菩薩ということを強調しますけれども、法蔵比丘のことをあまり言わないのです。

   で、私は、おかしいと思う。たとえば、安田先生の講義の中にこういうことがありました。

   「法蔵菩薩因位の時」阿弥陀仏の因位で法蔵菩薩といわれた時と、『正信偈』にあるでしょう。「法蔵菩薩因位時というのは、 阿弥陀仏の因位である法蔵菩薩の時に世自在王仏のみもとにましまして」、こういうふうに安田先生がいうておられる。
   けれど、私はそれに疑問を持つのです。法蔵菩薩の因位というたら法蔵比丘でないのか。法蔵菩薩でない、法蔵比丘が法蔵菩薩の因位だ。因位というのはもとというのですね。 だから法蔵菩薩のもとは法蔵比丘であろうと思う。

●無相庵のあとがき
   難しい仏教用語が出て参りますが、仏教の門を叩かれた方には、これを投げ出さずに、共に勉強して頂きたいと思います。

なむあみだぶつ

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No.1736  2018.03.15米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―『歎異抄』と親鸞晩年の思想とは違う

●無相庵のはしがき
   『米沢英雄先生は、『歎異抄』は、親鸞聖人が未だ若い時のことを唯円房が書き記した書物ではないかと仰っていますが、第2章などは、 親鸞聖人が関東から京都に帰られてからの話のように思いますので、今しばらく、私自身も研究してみたいと思います。』と申しましたが、それから少し考えました。 この米沢英雄先生の『自然法爾』の解説を終えた後に、『歎異抄』の解説を「親鸞聖人の若き日の言葉か」というコンセプトで、 多分四回目となる解説をさせて頂こうと思いました。そういう観点から、私も『歎異抄』を読ませて頂きます。 

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―『歎異抄』と親鸞晩年の思想とは違う

   親鸞聖人の晩年に書かれたものに、『自然法爾章』という短い文章があります。 これは短い文章ですけれども、私は親鸞聖人の信心というものを実に明らかにしるされたすばらしい文章だといつも思っておるのです。

   私はかねがね若いときから『歎異抄』を読みまして分らなんだので、どうかして『歎異抄』を分ろうとしていささか苦労した。
   それで、だいたい皆さんが『歎異抄』を読まれて、えらい失礼な話ですけれどどんなところが分らんかということが分る。

   自分が分らなんだので、こういうところが皆さん分らんだろうと。その一番のところを今日まで出ている『歎異抄』の解説では書いてないのです。
   それで私はえらいおこがましい話ですけれど、私の著書『歎異抄ざっくばらん』を書いてみた。すると、ある人が「浄土真宗も衰えたもんや、 ざっくばらんなんていうやつがでてきた」というのです。
   『歎異抄』をあがめたてまつっても何にもならん。『歎異抄』を食って、自分の栄養にしなければ何にもならんのではないかと思う。

   ところが『歎異抄』というのは、親鸞さまの若いときの話ではないかと私は思うんです。
   というのは、「親鸞」という名前は天親菩薩と曇鸞大師からとられたんでしょう。ところが『歎異抄』には天親菩薩もでて来なければ、曇鸞大師もでてこないのです。 そういう点で私は疑問に思うのです。どうして天親菩薩や曇鸞大姉がでてこないのか。
   それから『教行信証』を開くとすぐでてくる「往相回向、還相回向」、こういうことばが『歎異抄』にはでておらん。
   それも私が不思議に思う一つです。

   それで私は、親鸞さまの晩年の思想と『歎異抄』とは違うんじゃないかという疑問を持っているのです。その疑問をそのままぶっつけたのが『歎異抄ざっくばらん』という本なんですが、 今日は最晩年に書かれた『自然法爾章』について私の考えを申し上げてみようと思うんです。

   『自然法爾章』に二つありまして、二つあるというのはおかしいのですけれども、『末灯鈔(まっとうしょう)』という親鸞さまの書簡集にも「自然法爾」のことというのがでてくるんです。 だいたい『自然法爾章』と同じなんですけれども、『自然法爾章』にでてくる前の部分が、『末灯鈔』には除かれておる。後の部分だけがでておる。

   今日は前の方のことを申し上げてみようと思う。これはなかなかおもしろいんです。 自分ではおもしろいが、皆さんお聞きになって、何もおもしろくないかもしれないけれど、一人喜べばいいんです。

●無相庵のあとがき
   皆さまに紹介することが、即ち、私の勉強でございますので、私自身、わくわくしておりますが、米沢英雄先生の、親鸞聖人晩年の心境と言われる『自然法爾章』も、 そういう意味でも、是非、一緒に学びたいと思っております。

なむあみだぶつ

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No.1735  2018.03.12米沢英雄先生のご著書『自然法爾』の解説ーはじめに

●無相庵のはしがき
   この米沢英雄先生のご著書『自然法爾』の副題は、「親鸞聖人円熟期の人間救済の根本思想」となっております。そして、自然法爾章の内容は、『正像末和讃』の末尾に、 「親鸞八十八歳御筆」というところに、書かれております。私は、その中の「是非しらず邪正も分(わか)ぬこの身なり、小慈小悲も無けれども、名利に人師を好むなり」をとても印象深く覚えております。 このお言葉が、親鸞聖人の謙虚さからだけのお心から出ていると考えるのは、如何なものかと、私は思います。それは、自然法爾章の冒頭にある、「因位」と「果位」に分けられて、 親鸞聖人が「獲得」と「名号」を説明されていることから推察しております。「果位」とは、浄土に往生してからと云うことです。「この身の自我・我執は、この世に在る限りは滅することは出来ない」、 という厳然たる現実と事実に出遇われたからこそ本願に出遇えたという歓びが入り混じった表白ではなかったかと思うのです。

   そのあたりのところを、米沢英雄先生がどう捉えられているかを、これから、ご解説を紹介致しながら、勉強したいと思います。

●米沢英雄先生の『自然法爾』(光雲社出版)―柳田誠二郎氏の推薦文

     柳田誠二郎氏略歴
  元・日本銀行副総裁
  日本航空初代社長
  海外経済協力基金初代総裁
  東京静座回主宰

   『歎異抄ざっくばらん』を書かれた米沢先生が今度『自然法爾』という本を出版された。

   これは親鸞聖人の晩年の考えを解説したものである。先生一流の鋭利な解釈を示したもので、一読をすすめたい。私の静座の師岡田虎二郎先生は、 「日本の宗教家中最も傑出したのは親鸞聖人である」と言われた。先生は「無為の国に静座せよ」と教えられたのであるが無為の裡に自然法爾の光を体得することを示されたのである。そのまま生まれ、 そのまま死んで行く、何の奇もない一生を自然法爾の光が貫いていることは有り難いことである。

●米沢英雄先生の『自然法爾』の米沢先生が認められた〝まえがき〟の紹介

   桑名別院の暁天講座で昭和58年は『自然法爾章』についての私の領解を語らせていただいた。『自然法爾章』は短い文章ながら円熟した親鸞晩年の思想の結晶であった。 親鸞は浄土真宗という宗派の開祖と一般に領解されているが、私は思想家であると思う。鎌倉時代に二人の世界的思想家が出た。一人は道元であり一人は親鸞である。

   道元が彼独特の日本語で記述したのが『正法眼蔵』である。彼独自の用語で語られているので難解である。然しその思想たるや現代のハイデッカーをも凌ぐ世界をもっている。 親鸞は経典の言葉を用いて思索した。然し日本人であるから日本語の語脈を以て思索したに相違ない。だから経典をも、「至心廻向」を「至心に廻向したまえり」と日本語として読んでいる。 こう読まなくては『大無量寿経』の精神が生きないのである。『大無量寿経』は親鸞の出現を長く長く待ち望んでいたのでないか。

   親鸞が何故思想家であるか。一つは人間は何の為に生きているのかを明らかにした点であり、一つは実在論を『大無量寿経』に拠って明証した点であると言うに止めておきたい。

   柏樹社におった砂田君が今度独立して出版社(光雲者)を始め、『自然法爾章』についての拙話を出版するという。その労を深謝する。

      昭和59年10月
                                     米沢英雄

●無相庵のあとがき
   親鸞聖人が八十八歳の時とは、亡くなられる2年前の1260年のこと。長男の善鸞上人を義絶(勘当)された4年後のことであります。
   「是非しらず邪正も分(わか)ぬこの身なり、小慈小悲も無けれども、名利に人師を好むなり」というお言葉の背景に、善鸞勘当に至った経緯が含まれていると思う時、 人生の辛さを振り返りつつも、本願に出遇えた歓びを表わされた親鸞聖人のお気持ちを偲ばざるを得ません。

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No.1734  2018.03.05無相庵コラム更新を再開させて頂きます。

●無相庵のはしがき
    無相庵コラムの更新を今年2月15日から中断しておりました。それは、ビジネス上で大きな問題が発生し、その解決に多くの時間を費やし、且つ、それはある意味、 他社・他者とのドロドロの闘いに巻き込まれることであり、仏道から外れることになると考えたからでありました。 しかし、それは、私の考え違いでした。米澤秀雄先生が言われていました。「日常生活は、仏法の応用問題だ。日常生活の問題が解決出来ないのでは、それは仏法ではない」と。

   その闘いは未だ続いておりますが、それこそ、仏道の真っ只中に居ることであり、仏法から多くの学びを得る生活そのものだったという事に気付かされましたので、 その気付きを無相庵コラムに残しておきたいと考え直した次第でございます。

   一番の気付きは、親鸞聖人の晩年の心境が示されていると言われている、『自然法爾章』の内容であり、そして、仏法が私たちに説くキーポイントは「自然法爾」だったのだという気付き でした。

   ということから、『自然法爾章』の内容を勉強し直したいと思いますが、以下に、古文体で読み難いこともありますので、 漢字に変換した方が分かり易いと思った。「ひらがな」は出来るだけ漢字に変換して紹介させて頂きます。

●自然法爾章

「獲」の字は因位(いんに)の時(とき)得(う)るを「獲(ぎゃく)」という。「得」の字は果位(かい)の時に至りて得(う)ることを「得(とく)」というなり。 「名」の字は因位の時の名(な)を「名(みょう)」といふ。「號」の字は果位の時の名を「號(ごう)」という。

「自然(じねん)」というは、「自(じ)」は「おのづから」という。行者(ぎょうじゃ)の〝はからい〟にあらず。「しからしむる」という言葉なり。「然(ねん)」というは、 「しからしむる」ということは行者の〝はからい〟にあらず、如来の誓(ちか)いにてあるが故に。

「法爾」というは、如来の御誓いなるが故に、「しからしむる」を「法爾(ほうに)」という。この「法爾」は、御誓いなりける故に、すべて行者の〝はからい〟なきをもちて、 この故に他力には義なきを義とすと知るべきなり。

「自然(じねん)」というは、もとより「しからしむる」という言葉なり。
弥陀佛の御誓いの、もとより行者の〝はからい〟に非(あら)ずして、南無阿弥陀佛と頼ませ給いて、迎えんと〝はからわせ〟給いたるに依りて、行者の良からんとも、 悪しからんとも思わぬを、自然とは申すぞと聞きて候。

誓いのようは、無上佛に成らしめんと誓い給えるなり。無上佛と申すは形も無くまします。形もましまさぬ故に、「自然(じねん)」とは申すなり。
形ましますと示す時は、無上涅槃とは申さず。
形もましまさぬようを知らせんとて、はじめに弥陀佛とぞ聞き習いて候。弥陀佛は自然のやうを知らせん「料(りょう)」なり。

この道理を心得つる後には、この「自然(じねん)」のことは常に沙汰すべきには非ざるなり。
常に自然を沙汰せば、義なきを義とすということは、なお義の有るべし。
これは佛智の不思議にてあるなり。

    良し悪しの文字をも知らぬ人は
    皆
    まことの心なりけるを

    善悪の字知り顔は
    大空事(おおそらごと)の形なり
    是非しらず邪正も分(わか)ぬ
    この身なり

    小慈小悲も無けれども
    名利に人師を好むなり

●無相庵のあとがき
   独断で、漢字変換や〝ふりがな付け〟を致しました。間違いがあるかも知れませんが、これから、内容を紹介して行く中で、親鸞聖人の仰りたかった事を勉強して参りたいと思いますので、 ご容赦頂きたく思います。

   それから、これまで仏法と縁が無かった方々にも、分るように平易な言葉や表現を心掛けたいと考えて来ましたがなかなか出来ませんでした。この際、それは諦めました。 仏教用語を遠慮無く使って参ります。そして、一般の方々には、昨年の10月位から続けて来ているFB(フェイスブック)の大谷國彦のサイトにて、仏法を発信し続けようと考えいます。

   なお、これから無相庵コラムの更新は、原則として月曜日の週1回とさせて頂きます。

なむあみだぶつ  

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No.1733  2018.02.15しばらく、無相庵コラム更新を控えます。

まことに勝手乍ら、しばらく、無相庵コラム更新を控えさせて頂きます。
   3月中には、復帰出来るものと存じます。ご了承の程、お願い致します。

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No.1732  2018.02.12青山俊董尼法話集第四巻『生かされて生かして生きるー空間的縁起⑧「支え合って存在するいのち」

●無相庵のはしがき
    今回で「支え合って存在するいのち」は終りますが、お釈迦さまが、生まれて直ぐに七歩歩いて、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」と叫ばれたという有名な逸話は、 史実ではありません。しかし、それは、仏教が「宇宙が総かがりで今の私の〝いのち〟の尊さに目覚めて欲しい」と説く象徴的な言葉なのですが、その私の〝いのち〟は、数十億年前の地球の海の中で、 生命らしきものが誕生した、その単細胞まで辿り遡れる歴史も、宇宙の総がかりの働きが続いていたお陰でもあることを思いますと、本当に、私の〝いのち〟は〝有り得ない、 有り難い〟ものであることが分かるのではないでしょうか。  

●青山俊董尼法話集第四巻『生かされて生かして生きるー空間的縁起』⑧「支え合って存在するいのち」

   天地いっぱいの〝いのち〟の尊さに目覚めなされと、すべてのものが宇宙の果てまでもの総力をあげてのお働きをいただいて、今この一息の呼吸ができる、しゃべることができる、 眠ることができる。その〝いのち〟の尊さに気づきなされ、というこの呼び掛けを、お釈迦さまの教えを誕生のときの叫びという形で象徴的に表現したものであろうと思います。
   このいのちの目覚めを、悟りと言ったり、道を成(じょう)ずる、「成道(じょうどう)」と呼んだりするわけです。

   米沢英雄先生という方は、福井の開業医で、たいへんすばらしい宗教者でございました。この米沢先生がよくおっしゃいました。「吹けば飛ぶような、 このちっちゃな〝いのち〟と天地いっぱいがかけあうほどの、〝いのち〟の重さに気づいたら、拝まないでおれない。この〝いのち〟、大事に生きないでおれない」。
   天地いっぱいのお働きに生かされて、お互いこの地上の一切のものがある。その〝いのち〟の重さにおいては、まったく平等なんだということを思い出す楽しいお話があります。

●無相庵のあとがき
   「支え合って存在するいのち」は、今回の⑧で終りまして、①「天地いっぱいのお働き」へと続きます。青山俊董尼は、曹洞宗の尼僧さんですが、 開業医の傍ら、親鸞仏法の伝道にその身を捧げられていた米沢英雄先生と懇意にされておられましたし、青山俊董尼が宗派に拘らずに仏法を説かれているところに、私は今も親しみを感じております。

なむあみだぶつ

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No.1731  2018.02.08青山俊董尼法話集第四巻『生かされて生かして生きるー空間的縁起』⑦「支え合って存在するいのち」

●無相庵のはしがき
   前々回のコラムでご紹介した、水原舜爾氏は科学者です。一般的に、科学者は宗教、特に仏教は非論理的だという理由で、敬遠する人が多いのですが、水原舜爾氏はむしろ、 科学者こそ、先ずは仏教を学んで、何のために科学をするのかをしるべきだという考え方をされています。そして、『科学から佛教へ』(1980年出版)の〝まえがき〟に、以下のように記されています。

   この小著は、あくまで佛教には素人の一医化学者による、学生たちに対する仏教への勧誘書のつもりです。たぶん間違っていることが多いと思いますが、現代っ子に対する説き方としては、 一応一つの方向を示しているのではないかと思っています。私の配役は科学万能主義者たちを一人でも多く、本物の仏教者のところへゆくための「渡し舟」へ、とにかく、 乗る気を起こさせることだと思っています。

   水原舜爾氏以降、化学を専門の研究領域とする科学者に私は出遇っていません。世の科学者さんたちに、水原舜爾氏の著書を手に取って頂きたく思っております。

●青山俊董尼法話集第四巻『生かされて生かして生きるー空間的縁起』⑦「支え合って存在するいのち」

   天地いっぱいの、銀河系の果てまでものお働きをいただいて、一輪の花も咲くことができ、宇宙の果てまでものお働きをいただいて、猫も鳴くことができ、 鳥も飛ぶことができるというように、天地いっぱいのお働きをいただいて今ここに存在するという、〝いのち〟の重さということにおいてはすべて平等です。
   仏教の教えはすべての〝いのち〟の徹底平等を説きます。宇宙の果てまでもの総力をあげてのお働きをいただいて、一輪の花も咲き、鳥も飛び、猫も鳴きます。私どもがこうして、 しゃべったり、眠ったり、動いたり出来る背景には、すべて同じ宇宙いっぱいのお働きのお陰であり、そのような〝いのち〟の重さにおいてはまったく平等なんだと、こう受け止められるわけなんです。

   しかしながら、〝いのち〟の尊さを自覚する力をもっているのは人間だけだといいます。その〝いのち〟の尊さに目覚めよということ、気づけよという呼び掛け、 これがお釈迦さまがご誕生のときに、右手で天を指し左手で地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」と叫ばれたと伝えられているお言葉。
   お生まれになって、すぐにこんなことをおっしゃるはずはないので、お釈迦さまのご一代の教えを、そういう形で象徴的に表現されたものであろうと思います。

●無相庵のあとがき
   「天上天下唯我独尊」という言葉は、お聞きになったことがあると思いますが、「天上天下、つまり、この宇宙でただ私独りだけが尊い存在なのだ」と誤って、 解釈される方も居るかも知れませんが、そうではなくて、「私は、この宇宙のすべての存在のお陰で今こうして生きている。 宇宙の全ての存在と引き替えてもよい位に尊い尊い〝いのち〟なのだ」という意味であります。

   私は最近、FB(フェイスブック)にも、この無相庵コラムを転載し始めております。青山俊董尼の法話を短く切り分けして、読まれる方の負担を軽くし、 そして〝はしがき〟と〝あとがき〟を一般の方々向けに少し変えて、一般の方々に仏教のことに少しでも関心を持って貰いたいと思ってチャレンジしております。 水原舜爾氏の大きな「渡し舟」に乗って貰うための小さな「渡し舟」として、お役に立ちたいと思っています。

なむあみだぶつ  

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