No.1824  2019.11.21無相庵ホームページをFB(フェイスブック)に移行する事付いて 

無相庵ホームページをFB(フェイスブック)に移行しようと考えた一番の理由は、更新手続きには結構注意力が必要であり、記憶力が衰えた私には負担が重くなり過ぎたことにあります。
  その点、FB(フェイスブック)は、更新は手軽に行なえますし、そして何よりも、仏法に関心が無い一般の方々にも幅広く見て貰えるからです。
  仏教用語を使わないで、仏教を発信することは、かなり困難な作業であり、その面で逆に負担が大きくなるかも知れませんが、これまで得た仏教の知識を駆使して、 一般の人々に仏法を届けられることに喜びが得られると考えている次第です。

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No.1823  2019.11.18無相庵のホームページの更新に付いて 

『無相庵』ホームページを普通一般の人々にも読んで頂けるFB(フェイスブック)に移行する事を考えており、一旦、開店休業とさせて頂きます。 実に、勝手ながら、準備が出来次第、そのようにさせて頂きますので、ご了解頂きたく、お願い致します。

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No.1822  2019.11.11今回の無相庵コラムを以て、一旦、開店休業とさせて頂きます。

●無相庵のはしがき
  前回のコラムで、『「生まれ付きの性分も、努力すれば、治ることもある」と証明出来るか、それともやはり、「生まれ付きの性分は、努力しても決して、治るものではない」ということになるか、 これからの日常生活の場面場面での結果を以て、検証したいと考えております。』と述べ、また、『結論は何時出せるか予想は出来ません。しかし、私にとりましてもっとも大切なことは、 今の私が〝ゆっくり〟をモットーの成り行き任せという意識を保てるかどうかだと考えております。』と申し上げました。

  しかし、私は、〝ゆっくり〟をモットーの成り行き任せという意識を保てませんでした。その結論と、これからの日常生活のあり方を申し述べたいと思います。

●続々ーこれからは、〝ゆっくり〟をモットーに生きて参ります。

  結論を出すという事は、既に〝ゆっくり〟をモットーに生きては行けそうにないという事になり、従いまして、結論は「生まれ付きの性分は、 努力しても決して、治るものではない」ということでございます。

  これまでの日常生活で、例えば、信号のある交差点に近付きました時、以前、青信号の時には、赤信号に変わる前に横断歩道を渡り切ろうとして、小走りしていましたが、 〝ゆっくり〟をモットーにしてからは、小走りしないように致しましたが、それは行動としてそうはしましたが、気持ちとしては、やはり小走りしたい気持ちを抱いていましたし、 ビシネス上のメールを貰った時に以前は、直ちに返信していましたが、〝ゆっくり〟をモットーにしてからは、直ぐに返信することは止めましたが、弊社へのクレームニュアンスのメールで、 しかも不当な理由と考えられるメールに対しては、即対処しようとする気持ちを抑えることは出来ませんでした。それも決して1、2回でありません。それらの時、私は「生まれ付きの性分は、 努力しても決して、治るものではないな」と、思わざるを得ませんでした。

●無相庵のあとがき
  結論は、「生まれ付きの性分は、努力しても決して、治るものではないな」ということで、これからは、努力して治す努力はもう致しません。ただ、ここで焦っても、自分の為にも、 誰の為にもならないと瞬間的に思うことがあれば、5分位は冷静に考え、対処することにしようと思いました。これからも、多分、 あの10月22日の『即位礼正殿の儀』で感じた反省は消え去ることはないとは思っていますが、ゆっくり対応出来ない自分を否定してしまうことは止めようと思ったことです。

なむあみだぶつ

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No.1820  2019.11.04 続ーこれからは、〝ゆっくり〟をモットーに生きて参ります。

●無相庵のはしがき
  前回のコラムで私は、〝ゆっくり〟をモットーに生きてゆく為には「早くしたい、早く結果を出したい」と云う私の煩悩の燃え盛りを如何にして制御するか、と云う仏法の根本問題の壁に ぶち当ることになったと申し上げました。それに対してまして、私の生活態度・姿勢を熟知している家族の一人である長女から、「難しい課題やなぁー。治るかな・・・(笑い)」という感想が寄せられました。

●続ーこれからは、〝ゆっくり〟をモットーに生きて参ります。

  セカセカ、イライラの私の生活態度と姿勢を傍で見て育った長女の感想は、素直に受け入れざるを得ません・・・。私自身がそれを一番知っているからこそ、あの『即位礼正殿の儀』を見ていて、 刺激を受けた訳だとも考えていますが、「難しいからこそ、セカセカと治そうとせずに、〝ゆっくり〟をモットーにし、死ぬ迄に治れば良いという位で歩んで参ります」と言いたいところです。

  そう言いたいところですが、なかなか、このセッカチ性分は、難敵でございます。
  私の言い訳ではありますが、生まれて10日目位の時に、一家が住んでいた神戸市(須磨区)に焼夷弾が投下され、私は母に抱かれて、近くの若宮小学校に避難したそうです。 これは、調べて見ますと、昭和20年3月17日の神戸大空襲だった事から事実だと知りました(私の誕生日が昭和20年3月8日ですから)。そして直ぐに一家は、 母の実家の島根県出雲市大社町に疎開したそうですが、其処も母の姉一家が満州から帰還してきたことから、同じ大社町の出雲大社近くの父の実家にうつらざるを得なかったとか・・・。兎に角、 生まれたての1ヶ月以内に、彼方此方連れ回された私ですから、落ち着きが無く、セカセカとした性分になったのは、必然ではなかったと・・・。私の姉兄4人は、 その時は3歳から11歳になっていましたから、私とは性分がまるっきり異なっていたのも、頷けます。 、

●無相庵のあとがき
  はっきりとした自信を抱けませんが、「生まれつきの性分は、なかなか治らない」とも言われますので、難敵であります。 難敵ではありますが、実体験として、「生まれ付きの性分も、努力すれば、治ることもある」と証明出来るか、それともやはり、「生まれ付きの性分は、努力しても決して、 治るものではない」ということになるか、これからの日常生活の場面場面での結果を以て、検証したいと考えております。

  結論は何時出せるか予想は出来ません。しかし、私にとりましてもっとも大切なことは、今の私が〝ゆっくり〟をモットーの成り行き任せという意識を保てるかどうかだと考えております。

なむあみだぶつ

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