No.840  2008.9.18

客観的に自分を観る

福田首相が辞任記者会見で記者から「他人事だ」と批判され、「私は客観的に自分を見ることが出来るんです、貴方とは違うんです。」と言い返された。それから『客観的に自分を観る』と言う文言が少々取り沙汰されるようになった。

福田首相が客観的に自分を観ているかどうか、人に依って判断は異なるだろうが、私は辞任されたと言うことは、自分の力の限界を悟られて、これ以上国民に迷惑を掛けられないと云う気持ちからではないかと好意的に受け取っており、少なくとも批判するだけの若手記者君よりは自己を客観的に観られていたと思っている。

私は、今の時代に一番欠けているのは、この『客観的に自分を観る』姿勢或いは人生態度ではないかと思う。一番如実に顕れているのは政治の世界とマスコミの世界であるが、一般国民全体がそう云う風潮にあると思っている。

与党と野党のやり取りを見ていると、まさに批判のし合い、罵(ののし)り合いの世の中である。そして、マスコミでは、評論家が幅を効かせて、総理大臣よりも国家のことを考えているかの如く偉そうなことを言う。自己主張を重んじて来たのが戦後の民主主義教育であるが、自己を顧みることなく相手を攻撃し続けるだけの世界は、単に動物の世界であって人間世界ではないと思うのである。

最近明らかになった汚染米問題、消された年金問題、大分の教員不正採用問題など起これば、霞ヶ関官庁や役所の行政のズサンさと政府の監督責任を厳しく問う声の大合唱が起こる。全部自分ではなく、他が、他人が悪いのである。自分に非は一切無いと言うのが大方の姿勢・態度である。

霞ヶ関の役人の天下りや、社会保険庁の消えた年金、消された年金問題を阻止出来なかったのは、勿論政治家達にも責任はあるが、自民党一党支配を許して来た国民一人ひとりにも責任があるのではないか。国民の4割は政治・行政に無関心であり、選挙権を放棄して来た結果が今日の日本を作り出したと言っても過言ではないだろう。 大きな変化を好まないと云う国民感情が、行政の無駄や不正をも見逃して、今の日本を皆で作り出してしまったのではないかと思う。

私は今回の選挙で、自民党には一票を投じないでおこうと検討しているところである。確かに野党には経験がなく、力は未知数であり、年度予算成立の遅れなど、色々と混乱を来たす可能性は高いし、霞ヶ関が野党の云う事を俄かには聞かず、行政の停滞も起り得るとも思え、やはり、二大政党が互いに凌ぎを削る政治の仕組みにしないと、政治と行政官庁との馴れ合いが色々な無駄や不正を温存してしまうのだと考える次第である。

また一方、私もこうして評論家的にコメントするだけではなく、国民の一人として、『客観的に自分を観る』努力をして、親鸞仏教を継承して、後の世に伝えて行く努力を続けてゆきたいと考えているところである。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.839  2008.9.16

親鸞聖人の和讃を詠む-29

● まえがき
親鸞聖人が浄土門の七高僧として上げられている中で、お釈迦様と同じインド生まれのお坊さんが二方いらっしゃいます。龍樹菩薩と天神菩薩です。その中の龍樹菩薩はお釈迦様より約600年後に出られ、大乗仏教を体系化し大乗八宗の祖と言われる存在でありますが、むしろ仏教中興の祖と言うべきだと思います。親鸞聖人が七高僧の一番目に上げられたのは、仏道を難行道と易行道に分けられ、十住毘婆沙論の易行品で浄土教の往生・成仏を説かれているからであります。

龍樹菩薩は、『空』と言う概念を打ち出され、天神菩薩は『唯識』の学者でもあり、一般的には浄土門の高僧と言うよりも、禅宗の高僧というイメージの方が強いと思われていますが、そう言う智識人である二人の高僧も、自力ではなく、最終的には念仏に至られたと親鸞聖人は、今日の和讃で明らかにされているのであります。

● 親鸞和讃原文

       像法のときの智人も       ぞうほうのときのちじんも
       自力の諸教をさしおきて     じりきのしょきょうをさしおきて
       時機相応の法なれば       じきそうおうのほうなれば
       念仏門にぞいたりたまふ     ねんぶつもんらぞいたりたもう

● 和讃の大意
お釈迦様の教えが形だけ伝わっている像法の時代にお出ましになられた龍樹菩薩さま(西暦150~250年)も天親菩薩さま(西暦320~400年)も、聖道門の教えを捨てて、時代と人間に相応した教えであるところの念仏の教えに帰依されたのである。ましてや、末法五濁悪世に生まれた私たちが念仏に帰依するのは極自然のことであろう。

● あとがき
今日の和讃で親鸞聖人は〝自力の諸教〟と言う文言を使われていますが、自分が所属している宗派を自力の宗派だと自称している宗派はありません。『他力聖道門』と言うのも、他力浄土門の人々が、差別的に使用しているだけのことであります。

考えてみますと、『他力』と云う熟語も違和感があります。自分以外の他の力と言う風に捉えられてしまう恐れがあります。他力と云うのは、私たちの感覚で捉えられる宇宙全てを生み出している力、そして、例えば星と星の間に働いている万有引力などの力を含めたあらゆる働きのことであります。私を動かしているのは私の意思であるかのように思っていますが、私の意思だけで行動出来ている部分は一つもなく、時間的・空間的な縁起に依ってのみ行動出来ているに過ぎません。

自分の努力で何かを成し遂げたいとか、成し遂げたと言ったりしますが、努力する環境、才能も、与えられたものであります。また、努力する為の道具や方法も、自分が考え出したものではありません。全ては恵まれ与えられたものです。

私たちは、与えられた力や物事に感謝しつつ自分の生を全うするだけではないかと思います。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.838  2008.9.11

嘘をついてはいけない

「嘘をついてはいけない」、これは今週NHKの番組に出演された新藤兼人(しんどうかねと)映画監督(96歳)が、長い人生を生き抜いて来られた中で依り処にされた言葉である。そして、この言葉は新藤監督の小学校(尋常小学校)の担任の先生から、「人間はみな出世して、偉くなるわけではない。正しく生きるのが一番だ」と言う言葉と共に授けられたものだそうである。

新藤監督はその先生をモデルとした映画を96歳で完成させた(題名:「石内尋常高等小学校花は散れども」)。新藤監督は、「子供が家庭を出て、最初に飛び込む社会が学校です。その時に、親や兄弟とは違う存在として、教師と出会う。映画のモデルとなった恩師は、『人間はみな出世して、偉くなるわけではない。正しく生きるのが一番だ』と語ってくれた。平凡だが、素晴らしい一生を過ごした先生の生き方は、私の人生に強い影響を与えた」「子供は、教えられたことの意味なんて理解できないし、考えていない。でも、後で考えると、いかにその存在が大きかったかが分かるはず」と語られた。そして、それを人々に説き、後代の人々の為にも是非とも残しておきたいと映画化に踏み切ったのである。

「嘘をついてはいけない」なんて事は5歳の子供でも知っている、しかし、60歳を過ぎた私にも出来ないことなのである。「私は嘘は大嫌いだ」と言う人が居るが、厳密に言えば、人生嘘ばかりなのである。大方は積極的に嘘をついて他人を惑わしたり、欺(あざむ)いたりはしていない積りであるが、テレビのコマーシャルは誇大広告と云うよりも嘘なのである。厳密に言えばと言ったが、その厳密と云う意味は、知らせておくべき欠点を隠して良い点ばかりを強調する事も含めて、私はそれも嘘だと言うべきだと思うし、新藤監督もそれを嘘だと捉えているのだと思う。それを前提とすれば、マスコミ報道自身、視聴率を稼ぐ為に、嘘が相当混じっていると言っても決して過言ではないだろう(それを世間では、嘘も方便と言ったり、世間を生きる知恵だと言うのであろうが・・・)。

今、自民党の総裁選びが始っているが、候補者が並び立てている施策や国の理想の形は、自分が総裁総理になれば如何にも実現出来るが如く熱心に説いているが、現実の政治や行政の仕組みの中には実現の障害となる事が沢山あることを知りながら、臭いものに蓋をして、総理の座を得たいが為に熱弁を奮っているだけなのだと思う。本当に日本の将来を考えていたのなら、現状の日本国にしてしまった政治家としての責任を恥じ、国民に土下座して政治家を辞めるのが「嘘をつかない」、誠意のある姿勢・態度ではないかと思う。

偉そうなことを私も言える立場ではない。お金も無いのにお金に困っていないが如く見栄を張ったり、ありもしない事情を述べて催しへの参加を辞退したり、出来そうもないことを出来そうに言って相手に希望を抱かせたり、自分も飲酒運転をしたことがあるのに、他人の飲酒運転をけしからんと言ったりして、実に嘘の多い生活を送って来たし、現に送っている最中である。

人生の悩みは色々ある、お金が無い苦悩、人間関係の苦悩特に離婚の苦悩、病の苦悩と人それぞれ苦悩を抱えているのだとこれまでのコラムで書いて来たけれど、最大の苦悩が、人として胸を張れる人生を送れていないことにならないと嘘だと思う。人間に生まれた価値を実感出来ず、真実の生活が送れていないと言う悩みを何とかしたいと思い、皇太子と云う身分を捨てて出家されたのがお釈迦様だったのである。また、どうしても嘘をつかなければ生きてゆけないと云う罪悪深重の身から救われる道を20年間に亘って比叡山で修行し、他力本願の念仏に行き着いたのが親鸞聖人だったのではないかと思う。

折角他の動物達よりも発達した頭脳を持った人間に生まれながら、本当にそれに見合う値打ちのある人生を送っていないのではないか。真実から遠い生活を送っているのではないか、嘘にまみれた生活を送っているのではないか。自分が一番可愛いと言う根本煩悩を根っ子とした嘘の人生を見直すこと無しには、真に安楽な日常生活は来ないのだと思う。そしてそれは無碍光如来(阿弥陀如来)の働きかけに依って必ず救われると言うのが、親鸞聖人の他力本願の教えなのである。

無碍光(むげこう)とは、私達の煩悩が如何に激しくとも、また罪悪深重であろうとも、宇宙の真実から私たちに働きかける本願力(必ず救い取ると言う力)は決して妨げられることはない位に強い光だと言うことである。親鸞聖人は、六字の名号『南無阿弥陀仏』とは別に、十字の名号として、『帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)』を称えておられたのである。

「嘘をついてはいけない」は、実に簡単な教えではあるが、新藤監督は「人間生きていれば、1年に一回位は、挫折感を味わうものである。私はその度に、この嘘をついてはいけないと言う先生の教えを思い出して乗り越えて来た」とも仰っていた。新藤監督が生きる支えとした気持ちが少し分かる思いがする。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.837  2008.9.8

親鸞聖人の和讃を詠む-28

● まえがき
この9月から一部の地方新聞で五木寛之氏の小説『親鸞』の連載が始っています。私が購読している神戸新聞もたまたまその一紙であり、毎朝の楽しみになっています。今描かれている場面は、親鸞幼少時の世情がどのようであったものかを表現しているものであり、仏教の匂いを全く感じさせないものになっております。一般の方々に抵抗無く読み易いものになっていると思われ、親鸞に関する認識が広まることを期待しているところです。

さて、今日の和讃も前回の和讃と同様に他力の信心こそが悟りに至る唯一の道であることを確信的に謳い上げられたものであります。真実信心とは他力の信心のこと、定聚とは『正定聚の位』のことで、肉体が滅びてあの世に参れば、即得往生する事が定まった仲間と云うことであります。

親鸞聖人がそれまでの浄土門の七高僧と異なり、且つ広く庶民に親しく受け容れられているところは、「あの世での悟りや安楽ではなく、今現に生きているこの世での信心の確証を人々に明らかにしたい」と考えたところにあるのではないかと私は考えております。それが『現世十種の利益』と言うことにも表れていると思います。

何とかして、一般民衆に他力の信心を広めて、真実の幸せを獲得して欲しいと云う親鸞聖人の願が込められた、『正定聚の位』と『現生十種の利益』ではないかと私は思っております。

● 親鸞和讃原文

       真実信心をうるゆへに       しんじつしんじんうるゆえに
       すなはち定聚にいりぬれば    すなわちじょうじゅにいりぬれば
       補処の弥勒におなじくて      ふしょのみろくにおなじくて
       無上覚をさとるなり          むじょうがくをさとるなり

● 和讃の大意
まことの信心を得たならば、仏になることが確定する身になるのであるから、天界で修行中の、仏になることが確定している弥勒菩薩と同じ位にあり、肉体が滅すれば最高の悟りに至ることは間違いがないのである。

● あとがき
親鸞聖人の幼少時から比叡山での20年間のご修行を経られて29歳の時に法然上人のお弟子になるまでの足跡を辿る術(史実記録)は殆ど無いと申しても過言ではないようであります。唯一、親鸞聖人の奥方になられた恵信尼公の消息(お手紙)から比叡山でご修行されていたことが推測出来る程度のことだそうであります。

従いまして、小説『親鸞』は五木寛之氏のみならず、多くの方が書かれていますが、全て推測・想像に依る虚構であります。ただ、当時の世情が親鸞聖人とその信心を産み落としたことは間違いありません。場面場面は虚構ではありますが、描かれている世情は、小説家達の調査勉強と苦心が込められた正しいものであると思います。その小説を通じて、親鸞聖人の生き抜かれた時代背景を知ることが出来ますので、親鸞聖人の信心を知る手掛かりにもなると思っており、私は興味津々、読んでいるところであります。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.836  2008.9.4

神も仏も信じない

あるテレビ番組で、作家の〝なかにし礼〟氏が「私は神も仏も信じない、天国も地獄も信じない。今こうして生きているこの瞬間に天国があり、地獄があるのだと思っている。」と言う意味のことを発言されていた。

なかにし礼氏(今年古希を迎えられた)は、石原裕次郎が最後に歌った「わが人生に悔いなし」の作詞者であるが、石原裕次郎を恩人であり兄貴だと慕っていると言う。それもそのはずで、なかにし礼を作詞家として世に出したのは当時石原プロの代表でもあった石原裕次郎だったからだそうである。当時全く無名のなかにし礼氏が石原裕次郎と偶然知り合ったのは昭和38年なかにし礼氏が新婚旅行中の下田の東急ホテルだったそうである。

なかにし礼氏の作詞した代表的な歌謡曲は、誰でも知っている『天使の誘惑』(1968年)、『今日でお別れ』(1969年)、『北酒場』(1982年))の3曲の日本レコード大賞受賞曲他、『知りたくないの』(菅原洋一、1965年)、『君は心の妻だから』(鶴岡雅義と東京ロマンチカ、1969年)『雨がやんだら』(朝丘雪路、1970年)など等数え切れない程あり、今年亡くなった阿久悠氏と並ぶ昭和を代表する作詞家である。

なかにし礼氏は、平成になって以降は歌謡曲の作詞から遠のいているが、2000年に『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞するなど、小説家としても世の中に認められている。しかし、その華やかな活動の裏で、心臓疾患、離婚、実兄の膨大な借金を肩代わりして返済に苦しむなどの困難を抱えたこともあると云う。
そう云う波乱に満ちた70年の人生を振り返っての冒頭の言葉である。彼の過去において、宗教とどのような関わりがあったかは知らないが、神と仏を同一視することそのものが余りにも平凡な考え方であり、仏教における仏に関する認識は確実に間違っており、日本を代表する知識人であるだけに、私は少し惜しい気がするのである。
人生の考え方はそれぞれ自由である。なかにし礼氏の考え方が間違っていると否定するのではない。なかにし礼氏はそれで人生を立派に卒業出来るのであろうから、なかにし氏はそれでよいとしても、昨今日本人の殆どが無神論者になっている現実を考える時、無批判に「神も仏も信じない」と言う考え方に雄雄しさや潔さを感じて、日本人が挙(こぞ)って宗教から離れて行ってしまうことに危機感を感じたのである。

「今この生きているこの場が天国であり地獄である」と言う考え方は仏教もするのであるが、それで終わればそれは宗教ではない。「私達の命はこの世だけ、死ねば全て終わり」は仏教ではない。そして、仏はキリスト教の神と同列の存在でも概念でもない。仏とは、私達人間も含めて宇宙に存在するもの全てが仏であり、宇宙の真理・真実そのものである。天国も地獄も人間が作り出したもので、元々天国がある訳でもなく、地獄がある訳でもないと考えるのが仏教である。それでは、宇宙の真理や真実とは何かと言えば、私達人間に推し量ることも出来ないと言う意味を梵語で「アミタ(阿弥陀)」と言うのである。

なかにし礼氏(当時無名のシャンソン訳詩家)が石原裕次郎(当時既に大スター)と偶然に出遇い(恐らく、石原裕次郎はなかにし礼の姿風貌からヒラメクものを感じたのであろう)、数々のヒット曲を世に出すことになった。直木賞も受賞した。なかにし氏が昭和38年に結婚して新婚旅行に行っていなければ、また宿泊を下田の東急ホテルにしていなかったら、今日のなかにし礼は無かった。その偶然の偶然を仏教の浄土門では、説明がつかない故に『不可思議な出遇い、ナムアミダブツ』と受け取るのである。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.835  2008.9.1

親鸞聖人の和讃を詠む-27

● まえがき
親鸞聖人の他力の考え方は、道元禅師の仏性の考え方に共通するところがあると云う見方があります。
道元禅師は、お釈迦様の『悉有仏性(しつうぶっしょう)』を「悉(ことごと)く仏性有り」と読み取らずに、「悉有は仏性なり」と読み替えられたそうであります。この考え方は、「衆生と仏が主客相対のものが一つになったということではなく、〝悉有〟すなわち全て存在するものは仏性なのだと端的に言うことが、真如・一実の法界を示す最適の表現だ」と云うことだと受け取られています。

仏性とは、あらゆる存在を存在たらしめる働きを持つところの、真実そのものだと言うことでありますが、親鸞聖人の他力本願も、「悉有は他力である。全ては他力である」と言う事で、浅原才市翁の「他力には自力も他力も無し。ただ一面の他力なり」の言葉に言い換えることが出来、道元禅師の「悉有は仏性なり」に通ずるものだと思います。

● 親鸞和讃原文

       念仏往生の願により      ねんぶつおうじょうのがんにより
       等正覚にいたる人        とうしょうがくにいたるひと
       すなはち弥勒におなじくて   すなわちみろくにおなじくて
       大般涅槃をさとるべし      だいはつねはんをさとるべし

● 和讃の大意
大無量寿経に示される第18の願によって仏に成ることが定まると、弥勒菩薩と同様に、必ず涅槃に至るのである。

● あとがき
「悉有は他力なり」と云う受け止め方に至れば、それは弥勒菩薩と同じお悟りを頂いたことになり、自分自身が仏性そのものだと自覚されるということでしょう。それを成仏と言うのだと思います。
白隠禅師坐禅和讃の冒頭の「衆生本来仏なり」と言う言葉も、道元禅師の「悉有は仏性なり」と言うことも、親鸞聖人の「他力本願」も、切り口は異なるにしても、お釈迦様の「悉有仏性」を言い当てられているのだと思います。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.834  2008.8.28

お金は一番大切なものではない

少し前の木曜コラムで『うつ病に悩まない』を書きました。知人の旦那さんがうつ病になり現在休職中である事から、私自身の若い頃のうつ病状態を思い出して書いたものでありました。うつ病人口について、インターネットで調べますと、日本のうつ病の潜在患者数は人口の約5%の約600万人と推定され、現在まさに医療機関で治療を受けている患者数は約0.6%の約70万人だそうです。そして年率20%程度で増加して行っているそうですので、そのご家族そしてうつ病予備軍とそのご家族を含めますと現在の日本で数百万人がうつ病で悩まれているのではないかと思います。

悩みはうつ病だけではありません。以前の私と同様の借金地獄に陥って日々喘いでいる人口は、日雇い派遣労働者を含めますと数百万人乃至一千万人を超えている可能性があります。悩み・苦難は色々とありますが、今回は離婚問題です。昔、離婚は珍しい出来事でしたが、昭和46年に年間離婚件数は10万件に達し、平成14年の28万件がピークで、ここ数年は25、6万件で落ち着いているそうです。離婚予備軍、そしてその家族を含めますと、離婚に悩まされている人口もまた、やはり数百万人に上るのではないでしょうか。

私の知人(女性)の場合は、相手がお医者さんですから経済的には全く問題が無いのですが、DV(家庭内暴力)を受けて来られたそうで、2人の子供(9歳と4歳)を抱えながらも離婚を決意し、現在離婚調停中なのです。そして、その方が「人生、一番大切なものはお金ではないことが分かりました。一番大切なのは信頼です、信頼出来る人間関係です。」と言われました。

親権が調停の争点のようですが、親権を獲得するにはお金が必要です。子供を養育出来る経済的見通しに関しては離婚するお母さん側が不利であることは確かです。二人の子供を女手一つで育て上げることは想像以上に大変なことです。従いまして、お金は非常に大切です。でもやはり、お金は一番大切なものではないと云うことです。

一番大切なものは信頼出来る人間関係と言うことについて、私も全く同感です。
私が自己破産状態になった時、金融機関が冷たい対応に急変したのは当たり前ですが、大方の親族・知人・友人も潮が引いて行くように静かに去って行きました。私達夫婦と付き合っても損害こそ想定されるものの他に何らメリットが無いからではないかと思ったものでした。ですから、人生を普通に生きる為にはお金が非常に大切だと思いました。しかし、そんな私達が最悪の状況から救われたのは、片手程度ではありますが、数名の信頼出来る家族・親族・友人の存在があったからだったと振り返ることが出来ます。ですからこそ上述の知人の「人生、一番大切なものはお金ではないことが分かりました。一番大切なのは信頼です、信頼出来る人間関係です。」は私も納得、実感しているところであります。

離婚調停中の彼女が週末に来られます。人間関係で傷付いた心は、温かい人間関係でしか癒せないと思います。夕食の鍋を囲みながら、人生を語り合いたいと思っているところです。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.833  2008.8.25

親鸞聖人の和讃を詠む-26

● まえがき
先週の木曜コラムをお休み致しましたのでご心配をお掛けしたかも知れません。実は、先週の火曜日の朝、パソコンの液晶画面が突然真っ暗になり、パソコン使用不可と言う状況になりました。直ちにメーカー(日本ヒューレットパッカード社)の修理工場(千葉県)に修理を依頼しまして、返送されたのが土曜日でしたので、木曜のコラム更新が出来なかった次第であります。2005年6月に購入したノートパソコンですが修理(液晶画面取替え)費用が4万8千円もしたことには正直びっくりしました。しかし、会社の仕事もパソコン頼りで、全てのデーターをパソコンに保存していますので即復旧させませんと仕事も進めることが出来ませんので、新品が58000円で購入出来るのですが、即修理を決断した次第です。
パソコンの無い生活は世間と遮断されたような気がしまして、何となく頼りなく、もうパソコンの無い生活は考えられない自分になっていることを実感させられた思いが致しました。

さて、今日の和讃に、56億7千万年経って弥勒菩薩がこの世に出現されると云う仏教の考え方を引用した句がございます。この弥勒菩薩信仰は、お釈迦様の次にこの世に現れる生き仏は現在天上【兜率天(とそつてん)と称しています】で修行中の弥勒菩薩であると云う、紀元数年頃の中国で始った考え方のようですが、その頃は未だ地球の寿命が46億年にもなることが知られていない時代だったことを考えますと、人類の想像力に驚かされます。

● 親鸞和讃原文

       五十六億七千万         ごじゅうろくおくななせんまん
       弥勒菩薩はとしをへむ      みろくぼさつはとしをへん
       まことの信心うる人は      まことのしんじんうるひとは
       このたびさとりをひらくべし    このたびさとりをひらくべし

● 和讃の大意
いま、兜率天(とそつてん)におられる弥勒菩薩は等正覚の位にあるけれども、その一生を終わり、この人間界に下りられ、釈尊に次いで仏になるのに、56億7千万年を経なければならない。しかし、真実信心(他力の信心)を得る人は、この世で弥勒菩薩と同じ等正覚の位を得て、命終われば直ちに往生即成仏と云う仏の悟りを開くのである、実に有り難いことである。

● あとがき
今日の和讃は、弥勒菩薩はとてつもなく遠い未来まで修行を積んで、そしてこの世に現れてから浄土往生するけれども、今この世で他力の信心を得た人は、弥勒菩薩と同じ悟りを得られるのであるから、他力本願の教えに出遇ったことは実に有り難いことだと云う喜びを詠われたものです。これらの和讃から、親鸞聖人が他力本願の教えに出遇われたことを如何に喜ばれ、そして、その喜びを自分以外の人々にも味わって貰いたいと強く願われていたことがひしひしと伝わって参ります。

昨日のNHK教育テレビ番組『こころの時代』で、シリーズ「道元のことば・正法眼蔵随聞記」の第5話、〝報いを求めず〟が放映されていましたが(駒澤大学教授、角田泰隆師解説)、その中で、仏道修行は無所得・無期・無利の心で為されるものでなければならないと言うのが道元禅師の禅の心だと解説されていました。有名になろうとか、地位を得ようとか、何か報酬を得ようとかを考えて修行してはならないと言うことです。極論しますと、悟りを求めて修行をしてはならないとまで道元禅師は言い切っておられたようでございます。『修証一如(しゅうしょういちにょ)』と言う四字熟語がございますが、修行そのものが悟りであって、特別悟りと言うものがある訳ではないと言うことでしょうか。

浄土門の教えは、浄土往生を願って信心を得る教えの様に受け取られている向きがございます。親鸞聖人も、今日の和讃でも信心を得て悟りを得ると言うように受け取られる句になっていますが、歎異抄に、「念仏が浄土に生まれるためのものであるか、地獄に墜ちるものか知らないし、関心もありません。もし法然上人に騙されて念仏して地獄に墜ちましても一切後悔はしません。罪悪深重の私は地獄行きが確定している身だと思います」と言うような意味のことを述べられていたと記載されています。この事からも、親鸞聖人が単純に浄土往生を願って念仏されたり、他力の教えに帰依されていたのではないことを私たちは知っておく必要があると思います。この世に生まれて、仏様の智慧と慈悲に出遇えた喜びと感謝の生活そのものが親鸞聖人の信心の姿ではなかったかと思いますので、やはり無所得の仏道を歩まれておられたのだと私は考えます。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.832  2008.8.18

親鸞聖人の和讃を詠む-25

● まえがき
北京オリンピックたけなわで、私も終日テレビに釘付けになって日本選手の戦い振りに一喜一憂している最中であります。同じ日本に生まれただけで名前も知らなかった日本選手を応援する我が身や、同じように自国の選手を応援する他国の人々を見ながら、人間のどうしようもない自己愛性や動物性を感じつつも大いに刺激を受けながら楽しんでいるところです。

今回オリンピックを観戦していて一番印象深いのは、勝負に集中している時の選手の真剣な面持ちと、金メダルを獲得した選手が見せる言葉を絶した感動の瞬間です。言葉の無い瞬間、言葉にならない瞬間と云うのが真実の姿ではないかと思いました。人間が言葉にする時、そこには既に人間の計らいの心が混じっているのではないかと思った次第であります。

確かに言葉は気持ちを伝える道具として必要なものですが、100メートル平泳ぎで北島康介選手がアテネに続いて金メダルを獲得した瞬間の雄叫びや、勝利インタビューで言葉が出なかった時の表情は言葉以上にその気持ちがストレートに伝わって来たと思ったものでした。

仏法においても、親鸞聖人の和讃を詠む場合におきましても、私たちは言葉を通じて真理や真実を掴もうとする事が多いのでありますが、言葉は飽くまでも真理や真実を伝える手段としての言葉であって、真実は言葉の奥底或いは言葉を超えたところにあると云うことを忘れないようにしなければならないと、あらためて思っているところであります。

● 親鸞和讃原文

       弥陀智願の廻向の      みだちがんのえこうの
       信楽まことにうるひとは    しんぎょうまことにうるひとは
       摂取不捨の利益ゆへ     せっしゅふしゃのりやくゆえ
       等正覚にいたるなり       とうしょうがくにいたるなり

● 和讃の大意
弥陀の智願(智慧にもとづいて立てられた願い)によって廻向された信心をまさしく得た人は、衆生を摂め取って捨てたまわないという利益を受けて、生きているこの世において如来と等しい悟りを得ること(正定聚の位に至ること)になるのである。つまり他力の信心を得た人は、生身のままで如来と等しい悟りに至ると言うことである。

● あとがき
真理や真実は、書物や法話を聞いて探究するよりも、やはり、真理や真実を体感された善知識にお出遇いして、直接触れることが何よりも大切だと思いますが、既にこの世にいらっしゃらないお釈迦様や親鸞聖人には直接お出遇いすることは残念ながら出来ません。しかし、仏法は人から人へと脈々と今の世にまで受け継がれています。

私は幸いにも、多くの先生方にお出遇いさせて頂いております。この事実こそ、今日の和讃の弥陀知願の廻向に依るものであり、摂取不捨の利益に包まれている何よりの証拠だと思います。『等正覚』が如来と等しい悟りであるとか否全く等しくは無いとか云う議論よりも、今自らが肌で感じている他力の御働きにこそ感謝しなければならないのだと思います。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>


No.831  2008.8.14

うつ病に悩まない

私の知人(男性、年齢は30歳半ば)がうつ病に罹り、3ヶ月の休職に入っている。馴れ親しんだ仕事と職場から他部署に異動されその職務の膨大な仕事量をこなせずにうつ病になったそうである。奥さんが私の娘の親友であり、娘も何とかならないものかと、昔、登社拒否状態になったことがある私にアドバイスを求めて来たのである(今考えるとあれはうつ病だったと思う)。

私の場合は民間企業の開発研究畑を歩いていたが、ある時工場の技術課への異動があり、続いて管理職に昇進して任されたのが開発製品ばかりを集めた新設の製造課で、人間関係も全く変化した上に、たまたま全社挙げて仕事の効率化を図る職場改善活動が開始した時期とも重なり、無理難題の仕事に囲まれ、徹夜の改善研究会などもあり、遂に心身共に悲鳴をあげたのだと思う。会社を休職はしなかったがギブアップ宣言したのが良かったのだと思うが、全く異なる職場へ異動して貰い(勿論出世は諦めねばならない)、精神は完全に元に戻ったと言う経験がある。そう云う経験をしたので、その知人の苦しさ悩ましさはよく分かる積りである。
それを見込んでの娘からの相談だったのである。

うつ病の症状は、意欲減退・憂うつ感・悲観的・絶望感・睡眠障害・食欲低下・性欲減退・首や肩の凝り、死にたいと思う・人を避ける・考えがまとまらない・何事にも集中出来ない・仕事の能率が落ちる等などであり、生活全体にやる気がなくなると云うものであり、こんなうつ病になりやすい人は、まじめで、能力があり、責任感が強く、物事を順調にそして完全に成し遂げようと考える人、本来働き者と謂われる人だと言われている。

一時期の私は全くこの通りであったと思うが、今付け加えるならば、うつ病に陥る環境は仕事の膨大さや仕事の難しさだけではなく、それに加えてその仕事をこなす上での上下人間関係が大きく影響したのだと思う。そして尚且つ、そのうつ病状態に在る自分を情けなく思い、何とかしなければと焦っていたように思う。つまり、うつ病を自分の至らなさや、努力不足・勉強不足が原因だと思いながらも何とも出来ずに苦しみ悩んでいたのだと思う。

上述のような症状になったら、単純に病気に罹ったと思うことである。何千メートルの山に登ったら高山病と言う病気に罹ることがあるらしいが、うつ病もそのようなものだと思うことである。決して自分の所為にはしないことだ。仕事との相性、その職場の人間関係との相性、その時私的に抱える様々な問題などがたまたま重なったら、誰でも罹る病気なのであるから、一番の治療は環境を変えることである。つまりは職場を変えることである。職場を変えない限りは決して治らないと言っても過言ではないと私は経験からそう思う。

うつ病を体験されたノートルダム清心学園理事長の渡辺和子女史は、キリスト教のシスターでもあり、ご著書も多く、全国各地でのご講演を数多くこなされている方であるが、その体験談の一部を抜粋して紹介したい。うつ病の人、うつ病かも知れないと思われる人、家族にうつ病の人を抱える人の参考になれば幸いと思う。

愛の言葉『穴から見えるもの』より抜粋―

私の人生にも、今まで数え切れないほど多くの穴が開きました。これからも開くことでしょう。穴だらけの人生と言っても過言ではないのですが、それでも今日まで何とか生きることができたのは、多くの方との有り難い出会い、いただいた信仰のおかげだと思っています。
宗教と言うものは、人生の穴をふさぐためにあるのではなくて、その穴から、開くまで見えなかったものを見る恵みと勇気、励ましを与えてくれるものでなくてはいけないのではないでしょうか。
沢山いただいた穴の中で、私が一番辛かったのは、50歳になった時に開いた「うつ病」と言う穴でした。この病の辛さは、多分、かかった方でなければ、おわかりにならないでしょう。
学長職に加えて、修道会の要職にも任ぜられた過労によるものだったと思いますが、私は、自信を全く失い、死ぬことさえ考えました。信仰を得てから30年余り、修道生活を送って20年というのに。入院もし、投薬も受けましたが、苦しい2年間でした。
その時に、一人のお医者さまが、「この病気は信仰と無関係です」と慰めてくださり、もう一人のお医者さまは、「運命は冷たいけれども、摂理は温かいものです」と教えてくださいました。
「摂理」――この病気は、私が必要としている恵みをもたらす人生の穴と受け止めなさいということでした。そして本当に、私は、この穴なしには気付くことのなかった多くのことに気付いたのです。
  河野進という牧師先生の詩です。

   病まなければ捧げ得ない祈りがある
   病まなければ信じ得ない奇跡がある
   病まなければ聞き得ない御言がある
   病まなければ近付き得ない聖所がある
   病まなければ仰ぎ得ない聖顔がある
     おお、病まなければ
      私は人間でさえもあり得ない

病気という人生の穴は、かくて、それまで見ることができなかった多くのものを、見せてくれました。それは、その時まで気付かなかった他人の優しさであり、自分の傲慢さでした。私は、この病によって、以前より優しくなりました。他人の弱さがわかるようになったのです。そして、同じ病に苦しむ学生達、卒業生たちに、「穴から見えてくるものがあるのよ」と言えるようにもなったのです。
ー抜粋終わり

誰の人生にも、逆境と順境がある。私たちは順境を望むけれども、順境だけが人生を豊かに飾ってくれるのではない。渡辺女史の言わんとするところは、むしろ逆境こそが人生を深め豊かにしてくれるものだと言うことではないかと思う。
江戸時代の禅僧、白隠禅師が『南無地獄大菩薩』と大書された掛け軸があるそうであるが、この言葉も「逆境こそ、私を変えるチャンスなのだ」と言うことであろう。


[ご意見・ご感想]

[コラムのお部屋へ]

<TOPページへ戻る>



[HOME]