第3話:生は美(うるわ)し

西川玄苔老師

  今年(昭和61年)の一月に、わずかばかりの小庭を造った。庭師さんが太郎庵≠ニいうツバキを二株植えて下さった。二月になって書斎の床に、一輪蕾のついているそのツバキ を一枝、床花とした。

  青白い小さな蕾であったが、十日程して紅色となり徐々に膨らんで来て、花となりほほ笑んだ。その色合いが、とてつもなく美しいのである。私は幾日もその花蕾を愛でた。ふと、生は美し、とつぶやいていた。

  ちょうど、その二月の下旬に、私の長女の二男である秀典(ひでのり;五歳三ヶ月、通称ひで君)が、心臓の大手術をした。

  この孫は母体に宿って二、三ヶ月のころに母親が風疹にかかって出来た子である。父親の意見に従って産んだ。生まれ出てから毎年のようにいろいろな手術を受けて育って来た。この度の心臓の手術は、実に難関である。19人の方々から献血を受けて、約7時間程かかった。両親はもちろん、親族や知り合いの人々はハラハラした。愚生も妻も、胸がさされる思いである。ひょっとすると生命にかかわるのではないか、と憂慮する。ほおから熱いものが流れる。

  手術室から成功して出て来た、と電話がかかる。張り詰めた気持ちが急に緩んだのか、ボトボト涙があふれ出る。

  天の助けというものか、ひで君はとても明るいし、ユーモアがある。この子の笑顔は天下無類である。その笑顔の写真を見ると、誰もほほ笑まずにはおれない。昨年の四月から幼稚園に入ったが、先生たちは困られることもあるだろうが、『こんな愉快な園児は今まで知りません』と愛されているようだ。

  私は、ひで君が生死すれすれの線で成長してくる姿を見て、人間の生き様の尊さを教えられる。父親は言う。『学校などはともかく、生を受けた以上、それを全うさせねばならぬ』と。何と深い愛情と、生に対する尊厳なる責任感の言葉であることか。
  私は親族の者に『ひで君は親族の精神の師である』と言う。純真無垢に、本然の生命のまま生き育っていく姿を見て生は美し≠フ感を一層深めるのだ。

  一輪のツバキの蕾の膨らみが、その背後に久遠の彼方よりの生命の働きかけにより、日一日と美しく彩って咲いていくように、ひで君の生命も、天地悠久の生命の働きの力を内包されつつ育っていく。思いここに至れば、生も死も病も老も、久遠の生命の働きかけがあればこそ、然らしめられていることを感謝せざるにはおれない。

  道元禅師が『生も一時のくらいなり。死も一時のくらいなり』と申されているが、ツバキの蕾が刻々と膨らんでいく。生も一時のくらいで尊厳であり、美しい。花と咲きポタリと落ちる。その力も永遠の生命の働きかけがあればこそで、死も一時のくらいなりである。

  『法華経』方便品の中に『是法は法位に住して、世間の相常住なり』とあるが、ツバキの花はツバキの花として、ひで君はひで君として、一切の世間の相(すがた)は、そのまま常住真実のひらめきである。
  生は美し≠ニ同時に、老も病も死も美し、森羅万象、世間の種々相、ことごとく美しと諦観させていただくところに、宗教的智慧の眼の世界がある。勿論、涙も笑いもあり、喜びも悲しみもあろうけれど、その底に光っているのは信の風光である。




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